2017年06月03日

五年前は生きていた

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評 価:【竹】
書 名:『全身がん政治家』
著 者:与謝野馨
発 行:文藝春秋
発掘地:東京都品川区
発掘日:2015年7月

「がんになった」と言っても、今ではさほど驚かれなくなりました。
これは有名人等に、ごく初期のがんが発見されるも完治して仕事復帰、
みたいな例が数多く報道されている影響だと思います。

私の場合はちょっと違っていて、がんは今でもやはり恐ろしいという認識です。
うちの母は平成になってすぐ、がんで死んだのですが、発見・手術からわずか半年で死亡という“スピードがん”でした。
むかしはこういう例は多かったのではないかと思います。

母に限らず昭和の人間は、がんの検診なんか受けたことがないというのが普通でした。
「でした」って断定するのもアレですけど、たぶんそうです。
だから体の不調を訴えて病院に行った時点ですでに手遅れなんですよ。
近年がん患者の生存率が向上したのは、医療技術の進歩ではなく、単に発見が早くなったことが理由ではないでしょうか(発見も医療技術ですけど)。
あくまでも私見ですが。

先日、78歳でお亡くなりになった与謝野馨氏は、39歳のときに最初のがんが見つかったのだそうです。
つまり人生のほぼ半分をがんと共存してきたわけですね。
さぞやお辛かったことでしょう。

今後、日本国民がさらに貧困にあえぐようになって、医療費も払えないようになったら、がんの早期発見など一部の富裕層だけの特権になるでしょう。
したがって貧困層は早死にするようになり、高齢化に歯止めがかかるのではないでしょうか。
そしたら「太く短く生きようぜ」ってことになって、刹那的にセックスをした結果、子どもが増え、少子化も解消で一石二鳥!
てなことにはならないよね。
posted by 七庫屋店主 at 00:55| Comment(0) | がん

2017年01月25日

私ががんについて語るなら

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評 価:【松】
書 名:『逸見政孝 魔法のまじめがね』
著 者:逸見政孝
発 行:文藝春秋
発掘地:神奈川県川崎市
発掘日:2017年1月

逸見さんが亡くなってもう24年も経つんですね。
あの頃は私もまだ若かった。
30そこそこでしたからね。

国民的な人気者であった逸見さん。
ドラマチックな最期でした。
それこそ日本中が固唾をのんで見守っていたっていう感じです。

以前のブログでも書いたと思うのですが、当時私は大田区の鵜の木という所に住んでいて“鵜の木寄席”という立川流の噺家さんが出演する寄席に通っていました。
逸見さんが病と闘っていた頃、鵜の木寄席で談志師匠がおっしゃっていたことが忘れられません。

逸見さんに対する当時の世間の空気は「奇跡は必ず起きる」みたいな感じだったように記憶しています。
そんな中、談志師匠が放った一言がすごかった。

「助かりゃしませんよ、あんなもん」

テレビじゃ絶対言えませんよね。
私を含め客は笑うわけにもいかず、「う〜ん」とうなるしかありませんでした。

でもね、みんなそう思ってたんですよ。
私は身内をがんで亡くしているので、芸能人ががんになったりすると、多少はリアリティを持って見ることができます。
逸見さんがたぶん助からないだろうことは分かっていました。

現在は「がんは怖くない」みたいな風潮になっていて危険な気がしています。
医療が進歩して昔みたいな“不治の病”ではありませんよ、と言いたいのだと思います。
しかし、がんが弱体化したわけでも、人間の生命力が強靭になったわけでもありません。
がんは相変わらず怖い病気だし、用心するに越したことはないのです。

結局、民衆の願いは叶わず逸見さんは亡くなってしまうわけですが、偶然にも私が引越した先が逸見さんのお宅の近所だったのです。
ワイドショーで見た通りの立派なお宅でした。
主のいない屋敷には大きくて黒い犬が留守宅(家族は住んでいたと思いますが)を守っていました。

そして、逸見さんが助からないと断言した談志師匠も同じ病気で亡くなってしまいました。
がんの発症に遺伝が影響するのなら当然私も罹患する可能性は高いわけで、生活にも気をつけなければならないはずなのですが、依然として無為に過ごしています。
posted by 七庫屋店主 at 01:14| Comment(0) | がん